沖縄旅行記ブログ

本島北部をドライブするB本島最北端・辺戸岬に行く


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パイナップル畑を両側に眺めながら、県道70号線を北上していくと、
パイナップル畑の代わりに米軍北部訓練場エリアに入りました。

 

 

 

地図で見ると、東村から隣の国頭村にかけてこのエリアは広がって
いて、東村では全体の半分近い面積が訓練場に指定されている
ようです。

 

 

 

県内各地で反・米軍基地運動が行われている沖縄。この近辺
でも例外ではありません。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

おそらく、こうしたテントは常設されているのでしょう。訓練場と県道
の境にテントや横断幕を掲げる光景が各地で見られました。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

車はやんばる(山原)と呼ばれる、沖縄本島北部の山中を走ります。
そして、沖縄本島最北の国頭(くにがみ)村に入りました。国頭村は
面積の95%以上が森林になっていて、国に天然記念物に指定された
ヤンバルクイナが生息することで有名です。

 

 

 

ただし、残念ながらヤンバルクイナの生息数は年々減少していて、
現在は数百羽のみと推測されており、近い将来絶滅すると考えら
れているそうです。車に轢かれて死んでしまうケースも多く、私たち
ドライバーにも責任
があります。彼らのためにも、このあたりを
走る時はくれぐれもスピードの出しすぎに注意したいものです。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

今日の目的地の一つ、辺戸岬までの距離がどんどん縮まって
きました。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

ところどころに風車のようなものが設置されています。海岸なので、
強い風が吹くんでしょう。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

面白い形をした岩を見つけたので、車を停めて海岸に下りてみます。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

すると、3人の男女が岸辺に岩などを置いて、祈祷のような儀式を
していました。このあたりの風習なんでしょうか。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

県道70号線は途中の奥港付近で国道58号線に変わります。
辺戸岬まで4qを切った頃、大きな岩山が目に飛び込んで
きました。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

さあ、間もなく辺戸岬に到着です!

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

駐車場に車を停め、岬に向かって歩き出すと国頭村の観光ガイドマップ
が設置されていました。この頃から空模様が急にあやしくなってきます。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

辺戸岬先端にある、祖国復帰闘争碑です。1972年5月15日、
アメリカ統治下にあった沖縄県が日本国に返還されたことを
記念した碑で、私は沖縄本島北部に来たらぜひともここに来て、
沖縄県の日本復帰運動を展開した先人たちと少しで想いを共有
できたらと考えていました。復帰前、ここと28q北にある鹿児島県
与論島からそれぞれ漁船を出し合い、海上にあった当時の“国境”
付近で祖国統一を誓い合っていたと聞くと胸が熱くなります。

 

 

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

米軍北部訓練場,ヤンバルクイナ,辺戸岬,祖国復帰闘争碑

 

辺戸岬周辺の海岸は、このようにサンゴの岩が荒々しく、容易に
人を近づけてくれません。

 

 

 

祖国復帰闘争碑に着いたとたん、突如大雨が降りだしてきて、
私が感傷に浸っていられたのもほんのわずかな時間でした。
慌てて全速力で車に戻りました。

 

 

 

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